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ロックンロールのロールが死んだ日

今、テレビを観ていたら、あるJ-Popperが
「笑顔でいられたら、勇気が持てる‥云々」
そして、アコースティックギターで1曲歌い終えると
「がんばれNIPPON!」と叫び、カメラに向って手をグーにした。

家を失った人々が笑顔でいられるかどうかは別として
彼らのパフォーマンスは良いことだ。

エールを贈られた対象者を“Nippon”とぼやかしているいじょう
笑顔でいようと心がけることには何の異論もない。

ただ、僕は泣いてばかりいる。
正直、涙が足りない。

おそらく殆どの人がそうだろうとも思う。

あの金曜日以来、本が読めない。
音楽が耳に入らない。

大袈裟かもしれないが、木曜日までの価値観では
と言う意味で本が読めなくなってしまった。

それでも、どこかでこの喪失感を休ませるために
“仁義なき戦い”の脚本を書いた笠原和夫の本を読んでいる。

“人間”を描くことに終止した脚本家・笠原和夫の言葉には
どこか、今のこの日本の現状から這い上がるための特効薬ではなく
気休めに飲む風邪薬のような安心感がある。

3月13日の、どんよりとした日曜日
池袋へ買い物へ行った。
家電量販店の店内は、震災の熱気をおびたまま
どことなく静かだった。
小型ラジオはすべて売り切れ。
CDラジカセを1万5千円で購入する。
“ラジカセ”と言ったって、もちろんカセットテープは聴けない。

その足で書店へと向う途中、“ドンキホーテ”の前を
通りかかる。
ギャルのような‥ギャル男のような若者でごった返していた。
ふと、「こいつら‥地震なんて何にも関係ないんだな‥」
と思ったけれど、すぐに打ち消した。
たぶん彼らも心を痛めている。
今の若者は皮肉でもなんでもなく、本当に優しいから。

ただ、一瞬でも今までと変わらない日常に見えた
その無頓着風な若者たちに、僕は少し救われた気がした。

テレビばかり観てしまう。

自分の母親の遺体を、祖父と叔母と一緒に自力で探し当てた
9歳の男の子が終止笑っていた顔が頭から離れない。
たまたま“その時”に居合わせたテレビカメラは
なんとこの現実を、これこそが“現実”と呼べる現実を
ありのままに捉えたことだろう。

津波が堤防を越える瞬間の映像には、まだ卑しい野次馬根性の
自分を発見できる余裕があった。
瓦礫の中に横たわるピアノには、まだどこかリリカルなものを
探すこともできた。

この男の子の映像は、カタルシスの堤防を余裕で越えてくる
価値観への揺さぶりがあった。

16日の新聞に、作家の曽野綾子が
「私たちは常に人生からも、今回は震災からも何かを学ばなければならない~ 
いかなる運命からも学ばない時だけ、人はその悲運に負けたことになる」
とあった。

勝たなければ。
また、勝たなければ。

大人はわかっている。
揺れようが、揺れまいが、今回の震災は日本全土のものだ。
今後の経済がまたさらに心配になる。

9歳といえば、僕が父親と生き別れた年齢と同じ。
1975年。
昭和50年の大晦日以来、一度として再会することはなかった。
その時。
布施明が歌った♪シクラメンのかほり~が巷ではいつも流れていた。
今でも、♪~疲れを知らない子供のように 時は二人を追い越して行く
のフレーズを聴く度に、一瞬であの時の家の灯り、あの匂い、あの夕暮れ
あの時吹いていた北風の冷たさがよみがえってくる。

1週間ぶっ続けで泣きに泣いて、8日目からは、僕はまったく別の人間になった。そして今日にいたっている。

歌は、こちら側、聞き手が勝手に掴むものと信じている。

だから歌い手は、誰かを励まそうなんて大それたことを考えずに
キラキラしたものや、シミッたれたもの、自分が最高だと思った
ものを、ただ一生懸命歌えばいいのだ。

今、現時点でいえば、星条旗のジャンプスーツを身に纏った西城秀樹が
その屈託の無い大病あがりの笑顔でもって、各避難所に行って
♪~素晴らしい!ハ、Y~M~C~A!ってやることくらいしか
あの人たちを励ませないと思う。
あのデカダンスを見せつけられたら、本当に勇気が出そうな気がする。
ついでに加藤茶の物真似もつけてあげたらお年寄りもきっと
喜んでくれると思う。

地震のあった5日前の日曜日、9歳の僕に一番優しくしてくれた叔父の
葬式へと茨城へ行った。
前日にその訃報を知らされたあと、書きかけだった歌の歌詞に
「サヨナラだけが人生じゃないの 最後は誰もみんな一人きり 墓場へ行くものなのよ つむじ風吹いたら ヒュウ!」
と書き足した。

“サヨナラだけが人生”というのは、寺山修司の詩であり、また井伏鱒二が訳した詩でもある。茨城からの帰りの車中から、ある思いが頭に停滞していた。

それは、あの叔父や叔母、それに祖母や従兄弟たちと過ごした日常のある一コマは何だったんだろう?従兄弟が叔母に小言を言われたり、僕や姉と一緒に夏の暑い夜、かき氷を食べたり、縁側でホオズキの実を弄んだりして、過ぎて行ったあの日常とはいったい何だったのだろう。

こんな愚にもつかない想念が、なぜ今心を支配しているのだろうか‥と。

あんなに賑やかだった田舎の家で、僕が一番大好きだった叔父は一人で死んだ。その叔父の子供たち、僕にとっては二人の従兄弟が心配だったけれど、今にして思えば震災の5日前に葬儀ができたことだけが唯一の救いだった。

そして向えた木曜日。坂上二郎。二郎さん、逝く。

コント55号を結成する以前、“内藤ロック・安藤ロール”の名でコントをやっていた、元安藤ロールだった二郎さん。

二郎さんが旅立った日は、僕の価値観すらが平穏だった最後の日となった。

昨日、やっぱり何かが聴きたくて金延幸子の“み空”を聴いた。♪時にまかせては、ガラでもないが春の光に満ちている。

あれや これやと 考え込むより
顔を 笑いに 戯れさせて
のんびりするさ 時に凭れ
総て 時が 解決してくれる

こんな気分になれたらどんなにいいだろう。

もうすぐ春がやってくる。

白々しくも、皮肉な春だ。



みんな!オレがついてるよ!でお馴染みの涙買い占め中のヨシオでした。
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2011-03-18 : 小林ヨシオblog : コメント : 0 : トラックバック : 0
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Author:The Young Folks
FOLK ROCK.COUNTRY BAND。Bob Dylan、The Byrds、The Lovin' Spoonful、PP&M、Eagles、The Band etc.カバーセッションを経て現在はオリジナル曲中心にステージ構成。時にエレクトリック、時にアコースティックとフレキシブルに活動中!

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